Prologue
山脈に囲まれた五大国の一つ、カルアディア帝国。
その国には昔から“魔女”と呼ばれる職業があった。
精霊の声を聞き、“魔力”と呼ばれる力を媒体に“魔法”と呼ばれる力を使う。それが“魔女”である証。
国内外合わせても、“魔女”と認められた者は限りなく少なくその存在は貴重だった。誰でも扱うことの出来ないその力は、様々なことで生活に根付いており今やなくてはならないもの。総じて“魔女”と認められた者は、金銭面や生活面にて何一つとして不自由なことなどない。ないはずなのだが……
「なんで、なんでこんなに貧乏なの!?」
今日“も”お店にお客様が来なかった。
お客様が来なければお金が流れることなどあるわけもなく、維持費や食費やらで出て行くばかりである。
そのおかげなのか、そのせいなのか、限りなく貧乏であった。
“魔女”という職業のおかげで毎月一定額援助が出るものの、それすら年々少なくなっている。当たり前だ。収入がなく税金をほとんど払えていない上に、功績がまったくといっていいほどない。
それどころかこのままでは“魔女”という証を剥奪されてしまうかもしれない。それはまずい。
「こんなに、お金がないのは、っていうか、仕事が来ないのは、バカ師匠のぉ、せいだわ!」
怒りを小さな拳に込めて、何度も何度もクッションに八つ当たりする。何十発か入れたところで流石に疲れてきたリーディアは、クッションを両腕で抱きしめながらベットに倒れこんだ。
思い浮かぶのは高笑いする師匠の顔。
思い出しただけで腹が立つ。
せっかく苦労して“魔女”になったのに、修行していたときより大変だ。
「貯金もそろそろなくなっちゃうし、明日の食費……分もないわね。国から出る援助金もしばらくないし……」
本格的にやばい。
一日二日なら水があればなんとかなるだろう。それでも辛いことには変わりないが……。
裏庭に作った菜園も、収穫できるのはまだまだ先である。
ごろごろと寝返りを打ちながら、どうしようと唸る。
「“魔女”なんだし、本当はしたくないけど。行きたくないけど。このままじゃ生活していけないし……」
寝返りを打つのをやめて、天井を見つめる。
職に困ったときに行く場所。
仕事案内所と呼ばれる、各種様々な仕事依頼が集まり仕事を欲しがる者達に紹介する場所である。
本来であれば“魔女”なら行く必要のない場所なのだが。
生活のためには背に腹は変えられない。
行くしかないのだろう。
そう考えるとさらに気が滅入ってきた。知らず知らずのうちに溜め息が漏れる。
翌日、早速行動に移すことにした。
リーディアの手持ち残金は566コルニ。一日分すらない。
少しでも食費を浮かせるために朝食を抜いてきた。おかげで先ほどからぐぅぐぅとお腹が主張しているが、なんとか我慢させる。
昼まで、いや夜までもつか。
お腹を軽くさすってがくりと肩を落とす。きっともたないであろうということは容易に想像できた。
仕事案内所『カールバンク』についたリーディアは、従業員であろう青年に案内されいくつかのスペースに分けられた場所へと案内された。隣とは薄い壁一つで隔てられている。耳を澄ませなくても隣の会話がある程度聞こえた。
「お待たせ致しました。“魔女”のお嬢さん」
席についてから少しして、従業員の言っていた担当者が来たらしい。
くねっとした髪に、深緑色の縁の眼鏡をかけ笑顔を浮かべる男の人。その笑顔が胡散臭くていかにも怪しい。
彼はリーディアを見るなり、面白そうに目を細めた。
「“魔女”のお客様はとても珍しい。それも、駆け出し以外の方は特に」
その言葉にむっと眉を寄せる。
もしかしなくても馬鹿にされている?
「ああ、失礼。悪気なかったのですが、そう聞こえてしまったのであれば謝罪いたしましょう」
「……いえ、結構です」
リーディアは即座に返す。
この手の人は口先だけの謝罪でしかない。過去に似たような人たちに何度も言われたから経験済みである。
相手にするより、本題に移ってしまったほうが良い。
「わたし、仕事を探しにきたの。細かい条件は問わないわ」
「そうですか。わかりました。お探ししてみましょう。少々お待ちください」
彼はそう言って席を立つと、奥に広がる書棚へと向かう。迷うことなく数冊の本を取り出すと、戻ってきた。
「そうですねぇ、まずこちらは如何でしょうか」
パラパラとページを開いて、リーディアに見せる。
一冊目は料理屋のウェイトレス。
二冊目は雑貨屋の店員。
三冊目は荷物配達。
お給金のことを考えれば、悪いものはない。が、それだけたった。悪いものはないが良いと思うものはない。
「“魔女”になるためには体内に魔力があること、そして十年以上“魔女”をしているものに師事すること、でしたね? 資格があり、尚且つなろうとするのであれば幼い頃から師事し学ばなければならない。そうすると、同年代の方なら当然としてやってきたことを知らないのです。今ご紹介したものは、幼い子供であってもできることです。その若さで認められたことは賛辞に値しますがね」
ようするに選り好みするな、と言いたいらしい。
というか、
「わたし、子供じゃないわ!」
そう言うと彼は目を丸くした。
勢いで立ち上がってしまったリーディアの全身を見る。
次いで、同情するような目で見られた。
「こ、こう見えても17なの。成人も迎えているわ!」
威張るほどのことではないが、リーディアの元に仕事が舞い込まないのには訳があった。一つは色々な意味で悪名高い師匠と、それから自分自身の容姿だ。
リーディアの容姿は随分と幼い。
それはリーディア自身も自覚していた。
「おや、それはそれは重ね重ね失礼しました。“魔女”にはたまにそのような方が現れると聞いておりましたが……、実際に見ることになるとは思いもしませんでした」
いやはや、不思議なものですねぇ。と続ける彼に、むすっとしながらも座りなおした。
リーディアは、理由はわからないが五、六年ほど前から見た目の成長が止まってしまった。今は12、3程度の容姿で、待ちに待ってやってきたお客はリーディアを見るなり「また今度にする」と口を揃えて言って二度とこなかった。
子供の“魔女”など信用ならないとでも言うように。
それでなんど悔しい思いをしたか。
「なるほど。それで大方事情がわかりました。良いでしょう。取って置きのものをお出しいたしますのでお待ちください」
持ってきていた本を回収し、再び書棚の方へと向かう。本を元の場所に戻しながら奥に進み、一冊の本を新に取り出して戻ってきた。
今度の本は薄い。
「これはカールバンクにあるものの中で一番最新のものです。高収入ですし、まあその分期間も長いですが……成功すれば名声も上がりますので、忙しくなると思いますよ? 如何です? これはまだ誰にも見せていない上に、これの採用者は一人だけですので……」
リーディアが断ればこの話は違う人にもって行くことになるということ。
リーディアは高収入と名声という言葉に心引かれた。
「高収入、って」
「ええ、それはもう。上手くすれば、向こう十年は楽して暮らせるでしょうね」
つまりそれだけ高い、と。
「やるわ!」
即答すると、彼は待ってましたとばかりに微笑んだ。
「ええ、そう言っていただけると思っていました。それでは詳細の書類を用意してまいりますので、待合室にてお待ちください。無料で紅茶やお菓子を提供していますので、ご自由にどうぞ」
2014/01/26 up