First Chapter

不安いっぱい-2


 起きて下さいという声が聞こえた。
 まだ眠い、と寝ぼけながら答えてずれた布団を引き寄せ寝返りを打つ。
「規則正しい生活は早起きから! ですよ〜」
「惰眠は成長に悪いですよ〜」
 ええいっ! とかけ声とともに、ぎゅうっとつかみ寄せていた布団を引き剥がされ、リーディアは飛び起きた。
 肌寒さにぶるりと震える。
「リーディア様、おはようございます」
「朝食の準備が整いましたわ」
「女帝陛下もお待ちです」
「さあ、身支度をいたしましょう?」
「私どもがお手伝いたします」
 リーディアから布団を奪い強制的に起こしたメイドは、昨日この部屋まで案内してくれた二人だった。
 畳み掛けるように言われ動けずにいると、二人の目がきらりと光ったように見えて硬直する。
「え、あ、き、着替えだったら自分でできます!」
 じりじりと近付いてくる彼女たちに怯えながら言うが、止まってくれる気配はない。
 逃げるようにベットの端へと移動するが、すぐに逃げ場はなくなった。
「まあそんな」
「遠慮などなさる必要はありませんわ」
「だって私どもは、」
「リーディア様の専属になりましたの」
 せん、ぞく?
 そんなの聞いてない!
 二人のうち、髪が長くツインテールに纏めた方がハル。もう一人の肩で髪を切りそろえている方がユエと名乗った。
「さあ」
「さあ!」
 覚悟なさいませ! と手がリーディアに迫る。
 ハルとユエに捕まったリーディアはあれよあれよという間に脱がされ、真新しく質のいい服に着替えさせられる。その手際の良さは驚くほどのモノで、抵抗するリーディアなどまったく気にもとめていなかった。
 ドレッサーの前に座らせられると、今までろくに手入れをしていなくてパサついた髪が彼女たちの手によってみるみると綺麗になっていく。リーディアにはよくわからないクリームを塗られ、髪に艶が戻る。毛先にいくにつれて絡まっていたところがサラサラになった。
(すごい……!)
 最初は抵抗していたが、こうして自分でいうのはなんだが綺麗になっていくことが楽しくなってきた。
 リーディアだって見た目はこんなだがお年頃の娘で、お洒落に興味がないわけではない。むしろすっごく興味がある。
 でも、師匠のシアーズはそういうことに興味のない人だったし、そもそもそんな自由に使えるお金など現在進行形でない。
「完成ですわ」
 ハルとユエの息のあった声にはっと意識を戻す。
 鏡に映る自分を見て目を見開いた。
「だれ?」
 そう思わず声に出してしまうのは仕方ないと思う。
 サラサラになった髪は丁寧に結われ、所々複雑に編み込まれている。真珠のような髪飾りが至る所に散り、キラキラと光っていた。
 いつも着ているシンプルで色褪せたものではなく、鮮やかな色彩。フリルがふんだんに使われたワンピースは袖口とスカートの部分が大きく広がっている。また、袖とスカートの下部がリボンでキュッと軽く絞られていた。
 フリルがたくさんあると幼稚に見えたりとするのだが、バランスよく使われており、少し大人っぽく見えた。
 自然と笑みが零れる。
「気に入っていただけましたか?」
 コクリと頷くと、ハルとユエも嬉しそうに微笑んだ。
 後片付けがあるからとその後ユエは部屋に留まり、ハルの案内で食堂へと向かう。
 その途中にある渡り廊下にさしかかると、キィィンという金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえて立ち止まった。
「騎士たちの練習場ですわ。朝食が終わりましたらご案内させていただきます」
 先に行くことを促すハルに従うことにして、再び歩き出す。
 渡り廊下を抜けると、壁に絵画やら高価そうな壺が飾られた廊下に入った。見たことのない物ばかりで興味心をかきたてられるが、部屋同様近付くことすら恐ろしい。
 さわらぬ神にたたりなし。
 遠目でみることが一番安全だ。
「こちらが食堂です。どうぞお入り下さい」
 食堂に入ると、無駄に長いテーブルが目に入った。
 十人くらい、座れるだろうか。
 でも、席が埋まっている様子はない。
「おはよう、リーディア。お座りになって」
「お、おはようございます、陛下」
 声がする方へと視線を移すと、昨日よりはラフなドレスを着たルージュがいた。
 ハルが引いてくれた椅子に座ると、隣室からハルと同じ格好をした少女たちが料理を持って入ってくる。
「堅苦しいのはなしよ、と言ったわ。わたくしのことはルージュで結構よ」
「え、でも」
「名で呼びなさい、と命令した方が良いかしら?」
 断ろうとすると、それに被せるようにルージュが言う。
 笑顔なのに声が一段と低くなって怖い。
「それと敬語もなしよ。貴女とは歳が離れているけど良き友人になって貰いたいの」
「わ、わかり……わかったわ」
 敬語になりかけたところで、トンとルージュが机を指で弾いたので慌てて敬語をはずす。
 あう、すごく心臓に悪い。
 そうこうしている間に運び終わったらしく、用意された料理から美味しそうな匂いが漂ってきた。
 どれもこれもリーディアは食べたことがない。それに、この件がなければ一生お目にかかれなかったかもしれない。
 涎が垂れそうになるのを堪えるのに必死だ。
(そういえば、テーブルマナーとか知らないわ)
 フォークとナイフを見てふと思い出した。
「ふふ、そんな難しい顔をしてどうしたの? マナーのことなら気にしないで食べて良いわ。そのうち覚えるもの」
 そんなに難しい顔をしていたのだろうか。
 ルージュはなかなか手をつけようとしないリーディアを見て、すぐに見当がついたらしい。
 女帝であるルージュの言葉をありがたく受け取って、いつも通り食べることにした。
 何より温かいうちに食べないと料理人さんに失礼だと思ったから。
 美味しい料理をお腹いっぱいに食べて満足していると、急に外が騒がしくなってきた。
 中には黄色い声も混ざっている。
「あら、帰ってきたみたいね。ちょうど良いから紹介するわ。貴女のパートナーよ」


  


 2014/01/26 up
 
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